うちの二匹のにゃんことママAとママBと。ちなみにママふたりはカップルです。

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気仙沼『ふゆみずたんぼ復元プロジェクト』レポ その三。

「気仙沼『ふゆみずたんぼ復元プロジェクト』レポ その一。」はこちら
「気仙沼『ふゆみずたんぼ復元プロジェクト』レポ その二。」はこちら


「その三」は“第二日目の作業開始~終了までと『仮設住宅』に思うこと”です。


5/4、気仙沼入りして二日目の朝は6時の音楽(?)と共に始まりました。

わたしたちが寝泊まりしている気仙沼の大谷地区ではどうやら
6時、12時、15時、17時、21時を音楽で知らせてくれるようです
(チャイムじゃなくてよかった・・・)。
寝坊するかも?という不安は、この音楽のおかげで吹き飛びました。


さて、ボランティアチームの一日のスケジュールは
おおまかに分けて以下の通りになっています。

6:00~6:30 起床
(その日の食事担当は朝食準備)
7:00 朝食
9:00 ミーティング後、作業開始
12:00 昼食
(食事担当は11時くらいから準備)
17:00 作業終了
18:00 夕食
(食事担当は16時くらいから準備)
夕食後は自由時間 三々五々、就寝。

だいたい9時~17時の作業時間。
そこに、午前と午後に一回ずつの休憩が入ります。
水分不足やエネルギー切れを起こすと恐いので
水やスポーツ飲料、甘いものなどを各自摂っていました。

わたしはこの日に食事担当になったのですが
その話しはあとで書くとして・・・。


朝起きると、まず外の様子をチェック。

やっぱり、夜のうちに雨が降った模様で、まだ地面が濡れています。
ただ、ありがたいことに、朝の段階では雨はやんでいました。

昨夜、3人のボランティアが帰ったのですが
それと入れ替わるかのように朝、新しく4人が到着。
こうやって日々、バトンがつながれていきます。

朝にも一回、地震がありました。

でも、みんな、それほど動揺しないのは
慣れているからなのか、覚悟しているのか??
もしかしたら目の前に、自然の威力を日々見ているからかもしれませんね。


さて、9時に小野寺さんから今日の作業説明。

今日も、田んぼの中に埋まっている異物を取り除く『地雷除去班』と
田んぼに漂着した家屋の『解体作業班』にわかれ、いざ、作業開始。

この頃にはすっかり天気も回復し、青空がまぶしい!!

ふゆみずたんぼから大谷中学校をのぞむ。
ナマケモノ倶楽部のブログから写真をお借りしました


この日は地元の人~大人や子ども~も一緒に
総勢40人ほどのメンバーでの作業となりました。

大人も子どもも、田んぼを掘る掘る。
ナマケモノ倶楽部のブログから写真をお借りしました


風もなく、少し暑いくらいの陽気で、作業もはかどります。

黙々と手を動かしていると、聞くともなしに子どもたちの会話が耳に入ってきます。

「○○ちゃんちのおばさんは?」
「まだ行方不明」
「うちのおじさんもまだ行方不明なんだよ」

さらりと交わされる、こんな会話。

まるで、なにか、たとえばノートか鉛筆を無くしたかのようにすら聞こえます。

みんな、何らかの形で係累を失っている
生と死が紙一重の中を生きている

ざらりとした、何ともいえない感情が湧いてきます。

安易な慰めや同情なんて言えないし、言いたくない。
だから、黙々と手を動かし続けました。


この日は、大勢の助っ人もあって、作業がとてもはかどった一日でした。

ハイ、チーズ☆

そして嬉しい発見も!!

田んぼの中から2匹のドジョウと、シュレーゲルアオガエルが
生きたまま、見つかったんです!!これにはみんなも大喜び。

ボランティア隊の中には“生物担当”と呼ばれていた人がおり、
貝殻や虫など、生き物を掘り当てたら、その生死に関わらず
“生物担当”先生の所に持って行くことになっていました。
記録を取るためです。

「なんか貝が出ました~」
「これはムール貝だね」
「こんなのがありました」
「かたつむりだね、これは」
以下、「ナントカ貝」「ナントカ虫」・・・“生物担当”先生、恐るべし!!

その“生物担当”先生も、ドジョウとカエルの発見には嬉しそうでした。

そして、このような状況でも、しっかり生き残っていた生物の「いのちの力」は、
大げさに言ったら「これからの希望」の象徴のようにすら感じられたのでした。


さて、ちょっと田んぼから離れて目を大谷中学校の校庭に向けると・・・

仮設住宅、建設中。

校庭の半分ほどを仕切って「仮設住宅」の建設の真っ最中。

ここに2年・・・。

伝わるでしょうか。
トタンの屋根、薄い壁。
家を失った人たちがここに2年、暮らすんですね。

仮設住宅の問題点はさまざま指摘されています。

まず、人はここに入るときと出るとき、
二度の「コミュニティの破壊」を体験しなければなりません。
いままで住み続けてきたところから切り離されるつらさ、
そしてそのことによる孤独死や自死の問題は
阪神淡路大震災のとき、すでに取り上げられていました。

また、この仮設住宅は、建てても建てても地元にお金が落ちません。
中央の大手ゼネコンが請け負い(ちなみにここは「ダ○ワハウス」でした)、
建設し、利益を回収し、2年後は壊して大量のゴミを出します。
いわゆる「震災特需」というやつですよね。


「レポ その一。」でも触れましたが
このプロジェクトに参加するきっかけとなったナマケモノ倶楽部の勉強会
「『ポスト311を創る』---気仙沼からの報告」では
相根昭典さんという建築家も話し手の一人としていました。
相根さんは中間法人天然住宅代表。
“仮設じゃない「復興住宅」プロジェクト”を推進しています。

彼曰く、こういう仮設住宅は1棟300万円程度で受注しているらしいですが、
プロの目から見ると「実際の値段は150万円程度」なんだそうです。

従来のこうした仮設住宅ではなく、
『東北の建材を使って、将来も活用できる復興住宅を
東北の人々の力で建て、雇用を作りだし、
お金を被災地域で流通させることが大切』と相根さんは言います。

そしてそのための動きが“仮設じゃない「復興住宅」プロジェクト”だとも。

ただ、そのためには多くの人の出資、つまりおカネが必要です。
天然住宅のHPの中の“仮設じゃない「復興住宅」プロジェクト”ページに
その仕組みは詳しく載っていますが、
一般から広く出資者および寄付者を集め、
住宅を建てて復興を支援するというものです。
現在すでに森林組合などと話し合い、建設候補地も決まっています。

ただし出資金は「非営利の出資」という扱いになり、無利子で、配当はありません。
被災地への継続した支援を行うために、基本的に5年間は払い戻しも行えません。

寄付と違うのは、基本的には将来戻ってくるお金の使い方だということ。

勉強会で、その復興住宅のモデル図も見せてもらいましたが
いま、わたしが住みたい!!と思うような素敵な家でした。

ちょっとの知恵とアイデアで、こういうこともできるんですよね。
いままで誰もやってこなかったのは、きっとそれが「儲からない」ことだから。

でも、一部の志ある人たちの力だけではもしかしたら限界があるかもしれない。
その意味でも“仮設じゃない「復興住宅」プロジェクト”が
もっともっと広まって、その価値が、その意義が認められることを願います。


さてさて、昼食、午後休憩も無事に終わり、順調に作業は進みます。

漂着家屋の『解体作業班』も、金鋸などで突き出た鉄骨や柱などを取り去り
ちょうど家屋の下に位置していた湧き水(ここから田んぼに水を引きます)
を開通(?)させることに成功。

『地雷除去班』も順調に田んぼをきれいにしていき、
作業開始から5日目にして三面の田んぼの地雷除去が完了!!

予想外の作業スピードにみんな大喜び!!

この分なら、最終日は予定になかった四面目の田んぼ
(写真左端に少しだけ写っています)の作業に入れるぞ、
と小野寺さんも嬉しそう。

その記念に、このとき揃っていたメンバーで記念写真を撮りました。

またまたハイ、チーズ☆

夕食は、みんなでカレー。

余談ですが、わたしとSちゃんも含め、この日の食事担当は4名。
30人以上の食事を(しかもある食材をできるだけ無駄なく使って)
素早く、なおかつおいしく作るのって大変でした~!!
お米2升なんて生まれて初めて炊きました。
サラダなんて巨大なボール二つ分作るんですよ。
でも、おいしく(ひいき目?)できてほっと一息(笑)

そしてその後は大きな作業が一段落したことをみんなでお祝いしました。

その中で、みんなそれぞれの想いを語ります。

「ボランティアが自己満足に過ぎないとわかっていても、何かせずにはいられなかった」
と言う人。
「いままでお世話になった日本に少しでも恩返しをしたくて」
とインドの人。
「作業中の子どもの会話を聞いて、何も声をかけられなかった」
と涙する人。
「親戚が福島の原発の近くに住んでいるが、東京と現地の温度差が余りに酷い」
と声を詰まらせる人。

自身も仙台で被災し、家が半壊した、という人もいました。
でも、義援金はまだ一円も届いていないんだそうです。

大手のメディアではほとんどといっていいほど報道されないものの、
被災地では行く先を悲観しての自死もすでに出ているそうです。
商店の打ち壊しなども起こっている(いた)と教えてもらいました。
でも、それは支援物資が届かないことも原因の一つだそうです。
食べるものがないから、仕方なく店のシャッターを壊すしかない。
それが現状だとしたらこれは「天災」ではなく「人災」ですよね。

彼が「復興というよりも再興がこれから必要になる」と言っていました。
その言葉が印象的だった夕べでした。


今回、老若男女、さまざまなボランティアの人と会いました。

参加したきっかけも、思いも、考えも、人それぞれ。

でも、田んぼを復興させたい!という気持ちは共通しています。
そしてその気持ちが集まれば、困難に思えたことも少しずつ前進する。
やっぱり最終的には「ひとの力」って大事なんだな、と思いました。


翌日、5/5はいよいよプロジェクト最終日です。


「気仙沼『ふゆみずたんぼ復元プロジェクト』レポ 最終回。」に続く・・・。



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| 気仙沼“ふゆみずたんぼ” | 20:55 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

爽也さんへ

どうもありがとうございます!!

といっても、自分としてはわりと自然な流れだったんですよ。
(資金をまるっと出世払い(!)で貸してくれた同行のSちゃんの
力はかなり大きかったです!早く出世しないと~^^;)

ボランティア、みんながイメージしやすいのは「家の泥出し」とかかな?
それもたくさんの応募があって、大勢の人が行っているはずです。
友人(柔道整復師)は柔整師数人で現地(石巻)入りして避難所をまわり、
マッサージする・・・ということを4月上旬にしていました。
わたしはそんなスキルがないので、力でお手伝いを・・・(笑)

田んぼ、最終日にはさらにぐぐっと田んぼらしくなりますよ♪お楽しみに♪

| ママA・ぐみ | 2011/05/10 16:33 | URL |

tamaさんへ

ありがとうございます!!

親バカにゃんこブログのはずが、期間限定(?)
真面目ブログになって、恥ずかしいやら照れくさいやら・・・。
でも、体験したことや感じたことを
整理されていなくてもまずは言葉に残しておこう、と思ったんです。

一本のつながり、本当にそんな感じです。
わたしは全然エラくもないし、お金もない(涙)し、
かなりちゃらんぽらんだし、ふにゃふにゃ生きてますが
それなのに人の縁には恵まれてるな~・・・といつも思います。
感謝、感謝の毎日です。てへ。

おねえtamaの背中のにくきうスタンプ、いいですね^^
ジジからの贈り物です~(=^ェ^=)

| ママA・ぐみ | 2011/05/10 16:10 | URL |

思っているだけじゃなく行動するって簡単じゃないですよね。
感動しました。
ボランティアっていろんな形のものがあるのですね。
求められていることに応じることなんですよね。
ブラスバンドの方々も心のケアに一役買っているし・・・

田んぼかなり復元しましたね。
東北の美味しいお米が早く頂ける日を楽しみにしています。

| 爽也 | 2011/05/10 15:43 | URL | ≫ EDIT

レポシリーズ、少しずつ読ませていただいています。

無理に言葉にしようとせず、できることや思っていることを行動にあらわせば、逆に一本のつながりがそっと、見えてきますね。

タマのことご心配おかけしました。
ジジ姫も加わって、強くて優しい背中の後押しいただきました。にくきうスタンプが背中についてますよ^^
ありがとうございました☆

| tama | 2011/05/10 09:04 | URL | ≫ EDIT















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